こんにちは、aomiです。

炎天下でうっかり触れた攻めの腕の熱さに、受けが「……日焼けしてます?」と目を逸らす季節がやってまいりました。とはいえ外の灼熱と冷房の効いた室内、この寒暖差が思いのほか身体に堪えます。水分補給と羽織りもの、くれぐれもお忘れなく。

そして、お久しぶりです。前回の更新から、気付けば随分と時間が経ってしまいました(時の流れとは残酷…)。その間もこの「BLの歴史」の記事を多くの方に読んでいただいていたようで、書いた本人が一番驚いております。有難いことです!

せっかくなので今回、この記事を大幅に加筆してみました。「耽美」「JUNE」「やおい」「ボーイズラブ」…呼び名の変遷をたどる基本の流れはそのままに、年表と各時代の代表作を足して、「これを読めばBLの来し方がざっくり分かる」を目指します。腕が鳴ります。

例によって、私もリアルタイムにその時代を全部生きたわけではないので、独断と偏見による解釈が混ざってしまうかもしれませんが、「ほうほう、昔にはこんな作品が」という風に興味を持って頂ければ幸い! 記憶違い・調べ違いがあったらごめんなさい。m(__)m

まずはざっくり年表

できごと
1961年森茉莉『恋人たちの森』刊行。「耽美」の源流と言われる
1972年萩尾望都『ポーの一族』連載開始
1974年萩尾望都『トーマの心臓』連載開始
1976年竹宮惠子『風と木の詩』連載開始
1977年木原敏江『摩利と新吾』連載開始
1978年『Comic Jun』創刊(翌年『JUNE』に改名)
1979年同人誌『らっぽり』やおい特集号発行。「やおい」という言葉の初出
1980年代半ばアニパロ同人誌ブーム。コミケが女性たちの主戦場に
1986年『間の楔』が小説JUNEで連載開始
1991年『イマージュ』創刊。キャッチコピーに「BOY’S LOVE」の文字が登場
1990年代BL専門誌・レーベルの創刊ラッシュ。「ボーイズラブ」が定着
2000年代ドラマCD・電子書籍でジャンルが拡大
2010年代後半実写ドラマ化が相次ぎ、タイBLも上陸。BLが世界に

こうして並べると壮観ですね…。私たちが今「BL」と呼んでいるものには、ゆうに半世紀を超える歴史があるわけです。 それでは各時代を順に見ていきましょう。

BLの歴史

男同士を取り扱った作品には「耽美」「JUNE」「ボーイズラブ(BL)」「やおい」等、さまざまな名称があるのをご存知でしょうか。 「ボーイズラブ(BL)」という呼び方は比較的新しい呼び名で、元々は「耽美」や「JUNE」と呼ばれていました。 呼び名が変わるたびに、描かれるものも、読む側の環境も少しずつ変わってきました。順番にたどっていきます。

耽美 ――すべての元祖(1960年代〜)

「ボーイズラブ(BL)」の元祖でもある「耽美」は1960年末に萌芽が見られます。 源流としてよく名前が挙がるのが、森鴎外の娘である森茉莉が1961年に発表した小説『恋人たちの森』。美しい男同士の退廃的な愛を描いた作品で、後の少年愛・JUNE文化に影響を与えたと言われています。(文豪の娘が元祖BL作家というこの事実、何度考えてもすごい)

そして70年代。「24年組」と呼ばれる女性漫画家たちが、少年同士の愛を少女漫画雑誌で描き始めます。

「24年組」というのは昭和24年前後生まれの世代のこと。彼女たちの作品は単なる恋愛ものではなく、生と死、家族、信仰といった重たいテーマを少年同士の関係に託して描くもので、当時の少女漫画の常識を塗り替えました。 特に『風と木の詩』の冒頭は、少女漫画誌に載せたことが信じられない衝撃度です。未読の方は是非…!(そして連載開始まで作者が何年も戦ったという逸話も込みで泣ける)

この時代の作品は「少年愛」とも呼ばれます。今のBLとはかなり手触りが違いますが、「女性が、女性のために、男同士の愛を描く」という原型はここで生まれました。

JUNE ――専門誌の誕生(1978年〜)

そして1978年10月、ついに専門誌が生まれます。サン出版から創刊された『Comic Jun』、翌年に改名して『JUNE』です。 企画を立てたのは当時アルバイトだった佐川俊彦氏で、創刊には竹宮惠子先生も参加していました。24年組の流れが、そのまま専門誌に注ぎ込まれた形ですね。

JUNEを語るうえで欠かせないのが、作家・栗本薫(中島梓)先生が誌上で開いていた投稿小説の添削コーナー「小説道場」。読者が投稿した小説を中島先生が容赦なく(本当に容赦なく笑)添削するこのコーナーから、後のプロ作家が何人も巣立っていきました。 雑誌が読者を育て、読者が作家になり、ジャンルが太くなっていく…この循環を作ったのがJUNEの偉大さだと思います。

やがて「JUNE」は雑誌名を超えて、「JUNEもの」というジャンル名として使われるようになります。美形、悲劇、退廃、許されない愛。今のBLよりずっと湿度が高くて重い世界です。

JUNE作品の代表格といえば、やはり吉原理恵子先生の『間の楔』(小説JUNEにて1986年〜連載)。こちらは名作選で単独レビューを書いておりますので、是非そちらもどうぞ! ボーイズラブ名作選 ~JUNE・耽美『間の楔』~

やおい ――同人誌から生まれた言葉(1979年〜)

「やおい」の語源は「まなし・ちなし・みなし」。 初出は1979年12月発行の同人誌『らっぽり』やおい特集号と言われています。漫画家・坂田靖子先生の主宰する同人会の仲間内で、「ヤマもオチも意味もない」漫画を自嘲的に「やおい」と呼んだのが始まりだそうです。

面白いのは、この言葉、最初は性的な意味を含んでいなかったということ。それがなぜ男同士ものの代名詞になったのか…このあたりの変遷は正直、諸説あってはっきりしません。(研究者の間でも見解が分かれているようです)

はっきりしているのは、80年代半ばの同人誌ブームで「やおい」が爆発的に広まったこと。『キャプテン翼』を筆頭とするアニメ・漫画の二次創作(いわゆるアニパロ)が同人イベントを席巻し、キャラクター同士をカップリングして楽しむ文化がここで確立します。 受け・攻めという概念、カップリング表記、解釈違い…今の私たちが当たり前に使っている道具立ての多くは、この時代の同人文化が発明したものです。先人に感謝…!

商業誌のJUNEと、同人のやおい。この二本の川が合流した先に、「ボーイズラブ」が生まれます。

ボーイズラブ(BL) ――名前が付いた日(1991年〜)

1991年12月、白夜書房から雑誌『イマージュ』が創刊されます。そのキャッチコピーが「BOY’S LOVE COMIC」。 これが「ボーイズラブ」という言葉の始まりと言われています。(編集者が「girls loveがあるならうちはboy’s loveだ」と閃いたという説もあり、正確な起源には諸説あるようです)

90年代に入ると専門誌の創刊が相次ぎ、「ボーイズラブ」という呼び名が急速に定着していきます。JUNEの重たい耽美路線に対して、BLはもっと明るく、ポップに、ハッピーエンドを恐れずに。 「悲劇でなければ許されない」時代から、「好きな男同士が幸せになっていい」時代へ。この転換がBLという名前と一緒にやってきたのが、個人的には一番グッとくるところです。

当時、田舎でひっそりと腐女子になった思春期の自分にとって、書店の棚にBLコーナーが「ある」ということ自体が事件でした。中学生の頃はお金もなかったので週5くらいでブック〇フに通ってたのもいい思い出です。笑

そして現在へ ――BLは世界語になった(2000年代〜)

2000年代以降のBLの歩みは、みなさんの方がよくご存知かもしれません。

「隠れて読むもの」だったBLが、堂々と語れる文化になるまで約半世紀。 耽美→JUNE→やおい→ボーイズラブと名前を変えながら、「女性が自分のために選んできた物語」という芯だけは一度も変わっていません。そう思うと、感慨深いものがありますね…。

まとめ

このサイトの名作選では、ここに登場した作品を一つずつ掘り下げております。まずはJUNEの金字塔『間の楔』からどうぞ! 『間の楔』レビューはこちら 時代ごとの深掘り編も始まりました→ ~24年組と「少年愛」の時代~

ではでは、長々とお付き合いありがとうございました! みなさま、暑さに負けずよい夏を!