こんにちは、aomiです。

プールサイド、泳ぎ疲れた受けに攻めが無言でタオルを被せる季節がやってまいりました。日焼け跡が眩しい。しかし現実の私たちは冷房と外気の往復で消耗しております。水分と塩分、くれぐれもお忘れなく!

さて、「BLの歴史、予備知識編」でお約束した通り、ここからは各時代を一つずつ掘り下げていきます。第一回は全ての始まり、1970年代・「24年組」と少年愛の時代です。腕が鳴ります。

例によって私はリアルタイム世代ではないので、調べたことと独断と偏見の混合になります。記憶違い・調べ違いがあったらごめんなさい。m(__)m

「24年組」とは何者だったのか

昭和24年(1949年)前後に生まれた少女漫画家たち。それが「24年組」です。

萩尾望都、竹宮惠子、大島弓子、山岸凉子、木原敏江……名前を並べるだけで正座したくなる面々ですが、彼女たちが1970年代にやったことは、簡単に言えば少女漫画の再発明でした。恋と学園だけだった少女漫画に、生と死、宗教、SF、そして——少年同士の愛を持ち込んだのです。

当時、少女漫画は「女の子が読むもの」として一段低く見られていた時代。その最前線で、彼女たちは誰よりも実験的なことをやっていました。少年愛はその実験の中でも最も鮮烈な一手だったと思います。

前夜——森茉莉という源流

24年組の前に、一人の作家に触れておかねばなりません。森鴎外の娘・森茉莉です。

1961年の小説『恋人たちの森』は、美しい男同士の退廃的な愛を描いた作品で、後の耽美・JUNE文化の源流とよく言われます。文豪の娘が元祖BL作家というこの事実、何度考えてもすごい。

「美しい男同士の愛を、女性が、女性の目で書く」。この型は漫画より先に、文学の側で生まれていたわけです。

1970年代・伝説の作品たち

『ポーの一族』萩尾望都(1972年〜)

厳密には少年愛ものではありませんが、外せません。永遠に少年のまま生きるバンパネラ(吸血鬼)、エドガーとアランの200年。少年と少年の間に流れる、恋とも友情とも呼べない濃密な何か……この「名前を付けられない関係」の描き方が、後のすべての土台になった気がします。

『トーマの心臓』萩尾望都(1974年〜)

ドイツのギムナジウム(寄宿学校)を舞台に、一人の少年の死から始まる愛と赦しの物語。少年同士の愛を、限りなく信仰に近い場所で描いた作品です。重い。そして美しい。

『風と木の詩』竹宮惠子(1976年〜)

そして来ました、本命です。19世紀末フランスの寄宿学校を舞台にした、ジルベールとセルジュの物語。1976年に週刊少女コミックで連載が始まり、1984年まで続いた大作で、小学館漫画賞も受賞しています。

冒頭からベッドシーンで始まるこの作品を少女漫画誌に載せるため、竹宮先生が何年も戦い続けたのは有名な話(ご本人の自伝『少年の名はジルベール』に詳しいです)。「描かせてもらえるまで9年かかった」——この執念なくして、今の私たちの本棚はありません。合掌。

この作品は単独レビューも近日公開予定です。お楽しみに!

『摩利と新吾』木原敏江(1977年〜)

大正時代の学習院風エリート校を舞台にした、麗しの幼馴染二人の物語。悲劇に振り切らない華やかさと切なさのバランスが絶妙で、「重いのはちょっと…」という方の入口にも良いと言われる名作です。

なぜ「少年同士」だったのか

ところで、なぜ彼女たちは少女ではなく少年を描いたのでしょう。

よく言われる説明は、こうです。当時の少女漫画において、少女という主人公は「いずれ誰かのお嫁さんになる存在」という役割から自由になれなかった。恋愛を描けば、そこには必ず性差の重力がかかる。だから彼女たちは、その重力の外にある器——少年——を選んだ。少年同士なら、愛を純粋な魂の問題として描ける、と。

(研究者の間でも議論のあるテーマなので、あくまで一つの見方として。)

いずれにせよ確かなのは、この時代の少年愛が「男same性愛のリアル」を描こうとしたものではなく、少女たちの魂の実験場だったということ。ここが後のJUNEとも、今のBLとも違う、独特の手触りです。

まとめ

次回はこの流れが専門誌になだれ込むJUNEの時代です。スパルタ耽美塾「小説道場」も登場しますよ! ボーイズラブ名作選 ~BLの歴史、予備知識編~

ではでは、お付き合いありがとうございました! みなさま、夏バテにはくれぐれもお気を付けて!